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第2章

業務を分解する

AIに何を任せるかを考える前に、いまの業務がどんな工程でできているかを書き出します。ここが曖昧なままだと、後の章で決めることがすべて曖昧になります。この章では、業務分解表の作り方と、判断ポイント・例外の掘り起こし方を、手順として身につけます。

この章で分かること
  • 業務の範囲(始まりと終わり)の決め方
  • 業務分解表の6つの列と、書き方のコツ
  • 判断ポイントを見つけ、基準を言葉にする手順
  • 例外の集め方と、工程の細かさの目安
  • 書き出した表から、問題のある箇所を読み取る方法
読む目安:約30分確認クイズ:6問

2-1なぜ最初に分解するのか

「経費精算にAIを使いたい」という相談を受けたとき、多くの人は「どのAIを使うか」「何をAIにさせるか」から考え始めます。しかし、経費精算という言葉は、申請・承認・規程の確認・支払い・記帳といういくつもの工程をまとめた呼び名にすぎません。工程ごとに、担っている人も、判断の難しさも、間違えたときの影響も違います。

AIに任せるかどうかは、業務まるごとではなく工程ごとに決めるものです(第3章)。だから最初に、業務を工程に分けて書き出します。書き出したものは、この後のすべての章で使う「業務の地図」になります。

2-2範囲を決める:始まりと終わり

書き始める前に、対象とする業務の始まりと終わりを決めます。始まりは「何が起きたら、この業務が動き出すか」、終わりは「何がそろったら、この業務は完了したと言えるか」です。

業務始まり(きっかけ)終わり(完了の状態)
経費精算社員が業務で立て替え払いをした社員に精算額が振り込まれ、会計に記録された
請求書処理取引先から請求書が届いた支払いが終わり、会計に記録され、請求書が保存された
問い合わせ対応お客様から問い合わせが届いた回答を送り、対応内容が記録された
表2-1 業務の範囲の決め方の例

範囲を決めずに書き始めると、「その前に予算の申請があって」「その後に月次決算があって」と関係する業務がどこまでも広がり、書き終わりません。範囲の外の業務とのつながりは、「前の業務から受け取るもの」「次の業務に渡すもの」として端に書いておけば十分です。

2-3業務分解表をつくる

範囲が決まったら、工程を順番に並べ、それぞれについて次の6つの列を埋めていきます。この表を業務分解表と呼ぶことにします。

列書くこと書き方のコツ
工程何をするか「〜を〜する」と動詞で終える。「確認」だけでなく「規程との適合を確認する」
担当誰が行うか個人名ではなく役割名で(上長、経理担当など)
入力受け取るもの紙・PDF・メール・システムの画面など、形も書く
判断基準何を見て、どう決めるか判断がない工程は「なし」と書く。「なし」と書けることにも意味がある
出力生み出すもの次の工程に何を渡すか。形も書く
件数・時間月に何件、1件何分かおおよそでよい。待ち時間があれば別に書く
表2-2 業務分解表の6つの列

経費精算で書いてみると、次のようになります。

工程担当入力判断基準出力件数・時間
1. 経費を申請する申請者領収書(紙・電子)経費の種類を選ぶ申請データ月300件/5分
2. 業務上の必要性を承認する上長申請データ、領収書の画像業務に必要な支出か承認済み申請2分/待ち平均2日
3. 規程との適合を確認する経理担当承認済み申請、領収書の画像上限額、領収書の要件、勘定科目確認済み申請、差し戻し4分
4. 支払いデータを作る経理担当確認済み申請支払日・振込先が正しいか振込データ月2回まとめて30分
5. 会計に記録する会計システム確認済み申請なし(科目は工程3で確定)仕訳自動
表2-3 経費精算の業務分解表(架空の例)

表にすると、前の工程の出力が、次の工程の入力になっているかを確かめられます。つながっていない箇所があれば、そこに書き漏れた工程か、誰かが表に出ない形で行っている作業が隠れています。

技術的な補足:業務フロー図

業務分解表を図にしたものが業務フロー図です。担当者ごとに横長の帯(レーン)を分け、工程を箱、流れを矢印で描く形式がよく使われ、プールの競泳レーンに似ていることから「スイムレーン図」とも呼ばれます。表と図は同じ内容の別の見せ方です。まずは表で書き、説明に使うときに図にすると効率的です。

図2-1 経費精算の業務フロー図(橙の枠は判断のある工程)

2-4聞き取りの進め方

自分が担当していない工程は、担当者に聞いて書きます。聞き取りでは、次の3つを心がけると、表に出てこない作業まで拾えます。

  • 実物を見せてもらう:「どんな書類が来ますか」と聞くより、実際の書類や画面を見せてもらうほうが、入力の形や確認している項目が正確に分かります
  • 直近の1件で話してもらう:「いつもはどうしていますか」と聞くと、理想の手順が返ってきがちです。「昨日処理した1件を、最初から順に教えてください」と頼むと、実際の手順が出てきます
  • 「なぜ」を一度だけ聞く:「なぜそれを確かめるのですか」と聞くと、判断基準や、過去のトラブルから生まれた手順が見えてきます。何度も重ねると詰問になるので一度で十分です
よくある失敗

業務マニュアルを見て表を書き、担当者に確かめずに終える。マニュアルは書かれた時点の理想の手順で、実際には手順が増えたり省かれたりしていることが少なくありません。マニュアルは出発点として使い、必ず実際の担当者に確かめてください。

2-5判断ポイントを見つけ、基準を言葉にする

業務分解表の中で最も大事な列が「判断基準」です。AIに任せられるかどうかも、確認をどこに置くかも、ここで決まります。

判断ポイントの目印

担当者から次のような言葉が出たら、そこに判断ポイントがあります。しかも、その基準はまだ担当者の頭の中にしかありません。

  • 「場合による」「ケースバイケース」
  • 「だいたい見れば分かる」「慣れれば分かる」
  • 「念のため〇〇さんに聞く」「怪しいものは止める」

基準を言葉にする3つの手順

  1. 何を見ているかを挙げる:金額、日付、相手先、品目、過去の取引との違いなど
  2. どの条件ならどうするかを書く:数字や具体的な条件にする
  3. 例を添える:進めてよい例、差し戻す例、迷う例をそれぞれ1〜2件
言葉にする前言葉にした後
金額が大きいものは詳しく見る1件5万円以上の交際費は、目的・参加者・参加人数を必ず確認する
怪しい領収書は止める宛名が空欄、日付が申請日より3か月以上前、金額の手書き修正がある場合は差し戻す
いつもと違う請求は担当に聞く前月より20%以上金額が増えた定額の請求は、発注担当者に理由を確認する
表2-4 判断基準を言葉にする例

言葉にできなかった判断は、そのままではAIにも、新しく来た人にも任せられません。逆に言えば、判断基準を言葉にする作業そのものが業務の改善です。AIの導入を見送ることになっても、この作業は無駄になりません。

ポイント

基準を言葉にしようとして、担当者によって基準が違っていたことが分かる場合があります。これは失敗ではなく大きな発見です。どちらの基準に統一するかを決めることが、設計の最初の成果になります。

2-6例外を集める

通常の流れとは違う処理をしているケースを例外と呼びます。例外は数が少なくても、手間と誤りの多くを占めることがよくあります。次のような表で集めます。

例外の種類頻度いまの処理今後の扱い(案)
領収書をなくした月5件理由書を書いてもらい、経理課長が判断理由書の様式を決め、通常の流れの分岐として扱う
外貨で支払った月10件担当者が為替レートを調べて換算換算レートの決め方を規程に書き、システムで計算
申請期限を過ぎた月3件経理担当が個別に上長へ確認期限超過は自動で上長の再承認に回す
複数人分をまとめて支払った月2件都度、内訳を聞き取るまれなので人が個別に対応(流れは変えない)
表2-5 例外一覧表の例

集めた例外は、「通常の流れに組み込む」「決まった分岐として扱う」「まれなので人が個別に対応する」のどれにするかを決めます。全体の数%しかない例外のために通常の流れまで複雑にするのは避けます。通常の流れと例外の流れを分けて考えることが、分かりやすい設計の第一歩です。

2-7工程の細かさの目安

工程を細かく分けすぎると表が膨大になり、粗すぎると判断ポイントが隠れてしまいます。目安は次の3つです。

  • 1つの目的をもったひとまとまりの作業を1工程にする。「請求書の内容を確認する」は1工程で、「ファイルを開く」「金額を見る」まで分けない
  • 担当が変わるところでは必ず分ける。担当の受け渡しは、待ちや伝達漏れが起きやすい場所だから
  • 判断の種類が違うところでは分ける。「業務上の必要性」と「規程への適合」は判断の観点が違うので別の工程にする

1つの業務がおおむね5〜15工程に収まれば、細かさは適切です。20を超えるなら粗くできないか、3つ以下なら判断が隠れていないかを見直してください。

2-8表から問題を読み取る

業務分解表ができたら、AIを考える前に、表そのものから問題を探します。次の5つは、多くの職場で見つかる典型的な問題です。

見つかる問題表のどこに現れるか考えられる手当て
転記ある工程の出力と次の入力が同じ内容なのに、形が違う(紙から画面など)システム連携、AIによる読み取り
二重チェック違う工程で同じ判断基準が出てくるどちらかに寄せる、観点を分ける
待ち件数・時間の列で、待ち時間が作業時間よりずっと長い承認の条件を見直す、通知の仕組み
属人化判断基準が「経験で」「〇〇さんが知っている」基準の言語化、判断例の蓄積
つながらない入出力前の工程の出力に、次の工程が必要な情報がない入力項目の見直し、書き漏れた工程の追加
表2-6 業務分解表から読み取れる典型的な問題

この中には、AIを使わなくても解決できるものが多く含まれています。承認の条件を見直すだけで待ちが消えることもあります。AIは手段の一つであり、分解表は「AIで何ができるか」ではなく「この業務の何が問題か」を見るための道具です。

この章のまとめ

  • AIに任せるかは工程ごとに決める。だから最初に業務を分解する
  • 業務の始まりと終わりを決め、範囲を区切ってから書き始める
  • 業務分解表は、工程・担当・入力・判断基準・出力・件数と時間の6列で書く
  • 聞き取りは実物を見て、直近の1件で、「なぜ」を一度だけ聞く
  • 「場合による」と言われる箇所が判断ポイント。何を見て、どの条件で、どうするかを例付きで言葉にする
  • 例外は種類と頻度を集め、通常の流れとは分けて扱い方を決める
  • 表からは、転記・二重チェック・待ち・属人化・つながらない入出力が読み取れる
やってみよう
  1. 第1章で選んだ業務の始まりと終わりを、1文ずつで書いてください
  2. 表2-2の6列で、業務分解表を書いてみてください。分からない欄は空けておき、担当者に聞く項目として印を付けます
  3. 判断基準の列に「経験で」「場合による」に当たるものがあれば、表2-4にならって1つだけ言葉にしてみてください