要件を決める
業務の地図と任せ分けの見通しができたら、「この仕組みで何を実現するのか」を言葉にします。これを要件と呼びます。要件が曖昧なまま作り始めると、出来上がったものが「思っていたのと違う」となり、作り直しになります。
- 要件とは何か、なぜ業務担当者が書くべきなのか
- 要件を構成する7つの要素
- 「機能要件」と「非機能要件」の違い
- AIを使う仕組みに特有の要件(正確さの水準、根拠の提示など)
- 1枚の要件メモにまとめる方法
5-1要件とは何か
要件とは、「この仕組みで、何を、どこまで実現しなければならないか」を言葉にしたものです。家を建てるときの「4人家族が住める」「駅から徒歩15分以内」「予算は〇〇円まで」にあたります。設計図(どう作るか)は専門家が描きますが、要件(何が必要か)は住む人が決めなければ、誰も決められません。
業務の仕組みも同じです。システム部門やベンダーは作り方の専門家ですが、あなたの業務で何が困っていて、何ができれば成功なのかは知りません。要件を書くのは、業務を知っている人の仕事です。
「請求書処理をAIで効率化したい」とだけ伝えて、作る側に任せる。作る側は、自分たちが作りやすい形や、技術的に面白い形で解釈します。出来上がったものが現場の困りごとに合っておらず、「思っていたのと違う」となるのは、多くの場合、要件が書かれていなかったことが原因です。
5-2要件を構成する7つの要素
要件は、次の7つの要素で考えると漏れが少なくなります。
| 要素 | 答える問い | 請求書処理の例 |
|---|---|---|
| ① 目的 | なぜやるのか。何の困りごとを解決するのか | 月末に集中する入力作業を減らし、支払いの遅れをなくす |
| ② 成功の物差し | 何がどうなったら成功か | 1件あたりの処理時間を15分から5分に。支払い遅延を月3件から0件に |
| ③ 対象範囲 | どの業務の、どの部分が対象か | 国内取引先からの請求書(月約800件)。受け取りから支払いデータ作成まで |
| ④ やらないこと | 今回は対象にしないことは何か | 海外取引先の請求書、支払いの実行、取引先マスタの整備 |
| ⑤ 利用者と場面 | 誰が、いつ、どんな状況で使うか | 経理担当4名が日中に。月末3営業日は1日150件を処理 |
| ⑥ 機能 | 仕組みが何をできなければならないか | 請求書から取引先・金額・期日を読み取る。発注データと照合する。差異を一覧にする |
| ⑦ 制約・前提 | 守らなければならない条件、変えられない事情 | 会計システムは現行のまま。電子取引の保存ルールを守る。予算は年〇〇円 |
この中で特に重要なのが、②成功の物差しと、④やらないことです。
成功の物差しを先に決める
物差しが決まっていないと、完成したものが成功なのかどうか、誰にも判断できません。物差しは、時間・正確さ・量・負担・お客様への影響のどれかで、できるだけ数字にします。そして、導入前の数字を測っておくことが欠かせません(第19章)。
やらないことを書く
「やらないこと」を書かないと、作っている途中で「ついでにこれも」と要望が増え続け、期限と予算を超えます。やらないことを書くのは、範囲を狭めるためではなく、今回やることに集中するためです。今回やらないことは、次の段階の候補として残しておけばよいのです。
5-3機能要件と非機能要件
⑥機能は、さらに2種類に分けて考えます。
- 機能要件:仕組みが何をするか。「請求書から金額を読み取る」「発注データと照合する」など
- 非機能要件:仕組みがどのくらいの水準で動くか。速さ、量、止まらなさ、安全性、費用など
業務担当者は機能要件には気づきやすい一方、非機能要件は書き漏らしがちです。しかし、使い物になるかどうかは非機能要件で決まることがよくあります。
| 非機能要件の観点 | 業務担当者が答えられる問い | 例 |
|---|---|---|
| 速さ | 結果がどのくらいで返ってくればよいか | 1件の読み取り結果が30秒以内に表示される |
| 量 | いちばん多いとき、どのくらいの件数を処理するか | 月末3営業日は1日150件、ピーク時は1時間に40件 |
| 止まらなさ | 止まったら業務にどんな影響があるか。何時間なら待てるか | 半日止まっても手作業で回せる。月末は2時間以上止まると支払いに影響 |
| 安全性 | 誰が見てよく、誰が変えてよいか | 経理担当と経理課長のみが閲覧・修正できる |
| 費用 | 導入と運用にいくらまでかけられるか | AIの利用料は1件あたり〇円以内、年間〇〇円以内 |
| 保存 | 何を、いつまで残す必要があるか | 請求書の原本と処理の記録を、法令で定められた期間保存する |
非機能要件の技術的な実現方法は作る側が考えますが、「どの水準が業務に必要か」は業務担当者にしか答えられません。特に「止まったら業務がどうなるか」は、必ず業務側から伝えてください(第12章で詳しく扱います)。
5-4AIを使う仕組みに特有の要件
AIを組み込む仕組みでは、従来のシステムにはなかった要件を決める必要があります。
| 要件 | 決めること | 例 |
|---|---|---|
| 正確さの水準 | どのくらい正しければ使えるか。どう測るか | 取引先名と金額の読み取りで98%以上。過去の請求書200件の例題で測る |
| 根拠の提示 | AIが結果の根拠を示す必要があるか | 照合で差異ありとした場合は、請求書と発注データの該当行を並べて示す |
| 判断できないとき | AIが判断できない場合にどうするか | 読み取れない項目は空欄にし、推測で埋めない。担当者に回す |
| 渡してよい情報 | AIにどの情報を渡してよいか | 取引先名・金額は可。個人の口座番号は渡さない |
| 人の確認 | どこで誰が確かめるか | 支払いデータ作成前に、経理担当が差異ありの全件と、差異なしの1割を確認する |
| 記録 | AIの入力・出力・確認結果をどう残すか | 読み取り結果、確認者、修正内容を1年間残す |
| 変更時の確かめ直し | AIやルールを変えたとき、何で確かめ直すか | AIの版や指示を変えたら、同じ例題200件で正確さを測り直す |
「判断できないとき」の要件は特に重要です。何も決めないと、AIは読み取れない項目を推測で埋め、もっともらしい誤りを作ります。「分からないときは分からないと返す」ことを要件として明記しておきます。
5-5良い要件と、曖昧な要件
要件は、誰が読んでも同じ意味に受け取れることが大切です。曖昧な要件は、作る側が都合よく解釈できてしまいます。
| 曖昧な要件 | 何が問題か | 書き直した要件 |
|---|---|---|
| AIで請求書を自動処理する | どこまでが「自動」か分からない | 請求書から取引先・金額・期日を読み取り、発注データと照合して、差異の有無を一覧にする。支払いの判断は担当者が行う |
| 読み取りの精度を高くする | 「高い」の基準がない | 取引先名と金額の読み取り正確さが、例題200件で98%以上 |
| 使いやすい画面にする | 人によって意味が違う | 差異のある請求書が一覧の上に並び、1クリックで原本の画像と読み取り結果を並べて見られる |
| すぐに結果が出る | 「すぐ」が何秒か分からない | 1件の読み取り結果が30秒以内に表示される |
書き直すときのコツは3つです。主語と範囲をはっきりさせる(誰が・どこまで)、形容詞を数字や条件に置き換える(高い→98%以上)、確かめ方が分かるようにする(例題200件で測る)。完成したときに「満たしているかどうか」を判定できる要件が、良い要件です。
5-6優先度を付ける
要件を書き出すと、たいてい予算や期限に収まらないほどの量になります。そこで、一つひとつに優先度を付けます。
- 必須:これがなければ使えない。目的が達成できない
- あるとよい:なくても使えるが、あれば効果が上がる
- 今回はやらない:次の段階で検討する(④やらないこと に移す)
判断に迷ったら、「これがなかったら、成功の物差しを達成できないか」と問います。達成できるなら、それは必須ではありません。必須の要件だけで最初の版を作り、使いながら「あるとよい」を足していくほうが、早く確実に効果が出ます(第19章)。
5-7要件メモを1枚にまとめる
ここまでの内容を、1枚のメモにまとめます。分厚い要件定義書でなくても、この1枚があるだけで、システム部門やベンダーとの会話の質が大きく変わります(第18章)。
- 件名
- 何の業務の、何のための仕組みか(1行)
- 目的
- 解決したい困りごとと、その背景(2〜3文)
- 成功の物差し
- 指標・いまの数字・目標の数字・測り方
- 対象範囲
- 業務の始まりと終わり、対象件数
- やらないこと
- 今回は対象外とすることの一覧
- 利用者と場面
- 誰が、いつ、どのくらい使うか。いちばん忙しいとき
- 機能要件
- 仕組みがすること(優先度付き)
- 非機能要件
- 速さ・量・止まらなさ・安全性・費用・保存
- AIに特有の要件
- 正確さの水準と測り方、根拠、判断できないとき、渡してよい情報、人の確認、記録、変更時の確かめ直し
- 制約・前提
- 変えられない仕組み、守るべきルール、予算、期限
- 添付
- 業務分解表(第2章)、任せ分け表(第3章)
この章のまとめ
- 要件は「何を、どこまで実現するか」。業務を知っている人が書く
- 目的・成功の物差し・対象範囲・やらないこと・利用者と場面・機能・制約の7要素で考える
- 成功の物差しは数字にし、導入前の数字を測っておく。やらないことを書いて範囲を守る
- 非機能要件(速さ・量・止まらなさ・安全性・費用・保存)の水準は、業務側にしか答えられない
- AIには、正確さの水準、根拠、判断できないとき、渡してよい情報などの特有の要件がある
- 良い要件は、完成したときに満たしているかを判定できる。必須・あるとよい・やらないで優先度を付ける
- 選んだ業務について、目的と成功の物差しを1つずつ書いてください。物差しには、いまの数字(分からなければ測り方)も添えます
- 「やらないこと」を3つ書いてください
- 表5-3の「判断できないとき」の要件を、1文で書いてください