トップ / 第2部 設計編 / 第7章
第7章

ルールと知識を整える

AIが会社のルールに沿って動けるかどうかは、ルールや知識がどんな形で用意されているかで決まります。この章では、規程やマニュアル、過去の判断例を、AIにも人にも使える「知識」として整え、古くならないように保つ方法を学びます。

この章で分かること
  • AIに渡す材料の3種類(データ・知識・指示)
  • ルールを「読める形」にする6つの書き方
  • 判断例・回答例を集めて使う方法
  • 知識の持ち主と更新の流れを決める
  • AIに渡してよい情報の範囲の決め方
読む目安:約25分確認クイズ:6問

7-1AIに渡す材料は3種類

AIが業務の中で働くとき、AIに渡す材料は次の3種類に分けられます。

材料何か例主に扱う章
データその都度入ってくる、処理する対象問い合わせのメール、請求書、申請データ第6章
知識判断のよりどころになる、比較的長く使うもの社内規程、業務マニュアル、商品情報、過去の回答例、判断例この章
指示何を、どんな手順で、どんな形で出すかの依頼「規程に照らして判定し、根拠の条項を示す」第8章
表7-1 AIに渡す3種類の材料

この3つのうち、指示は工夫しやすく、話題にもなりがちです。しかし、知識が古かったり矛盾していたりすれば、指示をいくら工夫しても結果は安定しません。AIの出来を底支えしているのは知識の質です。この章では、その知識を整え、保つ方法を学びます。

7-2ルールを「読める形」にする6つの書き方

AIに規程やマニュアルを参照させるとき、近道は人が読んでも迷わない形に整えることです。人が読んで解釈が分かれる文章は、AIも解釈を誤ります。次の6つを確かめてください。

書き方なぜ必要か例
1. 最新版を1か所に置く古い版が残っていると、AIが古いルールで答える旧版は「廃止」フォルダに移し、AIの参照先から外す
2. 原則と例外を分けて書く例外が本文に埋もれると、原則だけで判断される「原則:〇〇。例外:△△の場合は□□」
3. 曖昧な言葉を数字や条件にする「高額」「速やかに」は人によって解釈が違う「高額な場合」→「1件5万円以上の場合」
4. 用語を定義する同じ言葉が部署によって違う意味で使われる「本規程で『出張』とは、片道100km以上の移動を伴う業務をいう」
5. 判断の例を添える条文だけでは境目のケースが判断できない「次の場合は対象:…/対象外:…」
6. 適用日と版を書くいつから有効なルールか分からないと、過去の案件に新ルールを当てはめてしまう「第3版 2026年4月1日施行」
表7-2 ルールを読める形にする6つの書き方

7-3書き直しの例

ある会社の交際費の規程を、6つの書き方で書き直してみます。

書き直す前

取引先との会食は、業務上必要な場合に限り認める。高額なものについては、事前に上長の承認を得ること。なお、社内の者のみの飲食は原則として対象外とするが、事情によっては認める場合がある。

書き直した後

交際費規程 第2版(2026年4月1日施行)
定義:本規程で「会食」とは、取引先1名以上が参加する飲食をいう。
原則:会食は、目的・参加者・参加人数を申請に記載した場合に認める。
事前承認:1人あたり1万円を超える会食は、事前に上長の承認を得る。
対象外:社内の者のみの飲食。
例外:社内の者のみでも、取引先との会議の準備を目的とし、部長が事前に承認した場合は認める。
判断例:取引先2名と社員3名で1人8,000円の会食は、事前承認不要で対象。社員のみの部内懇親会は対象外。

書き直した後の規程なら、人もAIも、具体的な申請が対象かどうかを迷わず判断できます。また、書き直す過程で「高額とはいくらか」「事情とは何か」を決める必要が出てきます。AIのために規程を整える作業は、ルールそのものを明確にする作業でもあります。

ポイント

規程そのものの改定には社内の手続きが必要なことがあります。すぐに改定できない場合は、規程の本文は変えずに、「運用の手引き」として数字の基準や判断例を別に定め、責任者の承認を得てAIの参照先に加える方法もあります。

7-4判断例と回答例を集めて使う

条文だけでは、境目のケースの判断は伝わりません。そこで、過去の実際の案件から判断例(どう判断したかとその理由)や回答例(どう答えたか)を集め、知識としてAIに参照させます。

集め方の3つのコツ

  • 典型例だけでなく、境目の例を集める:誰が判断しても同じになる例より、「対象か迷った」「上長に相談した」例のほうが価値があります
  • 理由を必ず添える:結論だけでは、少し条件が違うケースに応用できません。「なぜそう判断したか」が知識の本体です
  • 誤りから学ぶ:第4章の確認で人が修正したケースは、AIが間違えやすいケースです。修正の理由とともに判断例に加えると、同じ誤りが減っていきます
テンプレート:判断例カード
番号・日付
判断例ごとの番号と、判断した日
状況
どんな案件だったか(個人名や取引先名は伏せる)
判断
対象/対象外/条件付きで対象 など
理由
どの規程のどの条項を、どう当てはめたか
根拠の規程
規程名・条項・版
判断者
判断した役割(例:経理課長)
有効期限
規程が改定されたら見直す、などの条件
技術的な補足

AIへの指示の中に、いくつかの例を示して「このように判断してください」と伝える方法を、技術者は「フューショット(few-shot)」と呼びます。判断例カードは、そのまま指示に添える例としても、AIが参照する知識としても使えます。

7-5知識の持ち主と、更新の流れを決める

知識は、整えた時点から古くなり始めます。規程の改定、新商品の発売、手続きの変更があるたびに、AIが参照する知識も更新しなければなりません。更新が止まった知識は、AIに古い情報で、もっともらしく答えさせる原因になります。

そこで、知識ごとに次のことを決めます。

決めること例
持ち主(オーナー)交際費規程と判断例は経理課長、商品情報は商品企画部のリーダー
更新のきっかけ規程の改定時、新商品の発売時、同じ誤りが月3件以上見つかったとき
更新の手順持ち主が改定版を作る → 確認者が確かめる → AIの参照先を差し替える → 旧版を参照先から外す
変更の記録いつ、誰が、何を、なぜ変えたか
定期点検半年に1回、参照先の知識が最新か、使われていない知識がないかを確かめる
表7-3 知識の持ち主と更新の流れ
よくある失敗

AIの導入プロジェクトの担当者が知識を整え、プロジェクトが終わると誰も更新しなくなる。半年後、新しい規程に沿っていない回答が続いて発覚する。知識の持ち主は、プロジェクトの担当者ではなく、その知識を業務で使い続ける部署の役割に置きます。

7-6AIに渡してよい情報の範囲を決める

知識やデータの中には、AIに渡してよいものと、そうでないものがあります。どこまで渡してよいかは、使うAIサービスの契約内容と、社内の情報管理のルールで決まります。現場の判断で「便利だから」と渡してしまうと、情報漏えいや契約違反につながるおそれがあります。

情報の区分例考え方(例)
公開情報自社のWebサイトの商品情報、公表済みの資料多くのAIサービスで利用できる
社内情報社内規程、業務マニュアル会社が契約し、入力した情報を学習に使わない設定のAIサービスに限る
機密情報公表前の決算情報、取引条件、人事情報利用できるサービスと目的を限定し、責任者の承認を得る
個人情報お客様の氏名・連絡先、社員の口座番号利用目的と法令上の扱いを確かめたうえで、必要な項目だけに絞る。不要な項目は渡す前に取り除く
表7-4 情報の区分とAIへの渡し方の考え方(一般的な例)

表7-4はあくまで考え方の例です。実際の区分と扱いは、所属する組織のルールに従い、情報システム部門や法務と確認して決めてください。決めた範囲は、要件メモ(第5章)に「渡してよい情報」として書き、利用者にも分かる形で示します。

技術的な補足

AIサービスによっては、入力した内容をサービス提供会社がAIの改良(学習)に使う場合があります。企業向けの契約では学習に使わない設定が用意されていることが多いですが、契約や設定によって異なります。どのサービスをどの設定で使っているかは、情報システム部門に確かめてください。

この章のまとめ

  • AIに渡す材料は、データ・知識・指示の3種類。AIの出来を底支えするのは知識の質
  • ルールは、最新版を1か所に置き、原則と例外を分け、数字にし、用語を定義し、判断例を添え、版を書く
  • 規程を整える作業は、ルールそのものを明確にする作業でもある
  • 判断例は、境目の例を、理由とともに集める。人が修正したケースを加えると誤りが減る
  • 知識ごとに持ち主・更新のきっかけ・手順・記録・定期点検を決める。持ち主は業務で使い続ける部署に置く
  • AIに渡してよい情報の範囲は、契約と社内ルールで決め、要件メモに書いておく
やってみよう
  1. 選んだ業務で判断のよりどころにしている規程やマニュアルを1つ選び、表7-2の6つの書き方のうち、できていないものに印を付けてください
  2. 最近迷った案件を1つ思い出し、判断例カードの形で書いてください
  3. その知識の持ち主は誰か、更新のきっかけは何かを書いてください