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第11章

評価を設計する

AIを試しに使ってうまくいっても、それだけでは業務に使えるかは判断できません。この章では、AIの出来を、決めた方法で、十分な数の案件で、数字として測るための設計を学びます。

この章で分かること
  • 業務の物差しとAIの工程の物差し
  • 見逃しと空振り、2種類の誤りの考え方
  • 例題集の作り方と構成
  • 合格ラインの決め方
  • 文章の出来を採点表で評価する方法
  • 導入後の見守り方
読む目安:約30分確認クイズ:6問

11-1「使ってみて良さそう」では判断できない

AIを試しに使ってみると、最初の数件は驚くほどうまくいくことがよくあります。そこで「良さそうだから本格的に使おう」と決めると、後になって、特定の種類の案件ではいつも誤る、月末の複雑な案件に弱い、といった問題が見つかります。

AIの出来を判断するには、あらかじめ決めた方法で、十分な数の案件で、数字として測る必要があります。これを評価と呼びます。評価が必要な場面は、導入を決めるときだけではありません。

  • 導入を決めるとき:業務に使える水準に達しているか
  • 任せ方の段階を上げるとき:レベル2からレベル3へ進めてよいか(第3章)
  • 何かを変えたとき:指示、知識、AIの版を変えて、悪くなっていないか(第8・10章)
  • 運用している間:少しずつ悪くなっていないか

この章では、評価を「後から考えること」ではなく、最初から設計しておくこととして扱います。

11-2何を測るか:2つの物差し

評価には、2つの物差しがあります。

業務の物差しAIの工程の物差し
何を測るか業務全体が良くなったかAIが担う工程の出来
例1件あたりの処理時間、支払い遅延の件数、問い合わせの解決までの日数読み取りの正確さ、分類の正しさ、根拠の正しさ、判断できないものを正しく返せたか
どこで決めたか要件の「成功の物差し」(第5章)要件の「正確さの水準」(第5章 5-4)
いつ測るか導入前と導入後導入前の試験、変更のたび、運用中の定期点検
表11-1 業務の物差しと、AIの工程の物差し

両方が必要です。AIの正確さが高くても、業務全体が良くならなければ導入の意味がありません(第1章のボトルネック)。逆に、業務全体の数字だけを見ていると、AIの誤りが人の確認で吸収されていて、確認の負担が増えていることを見落とします。

11-3正確さを測る:誤りには2種類ある

AIが「問題あり」「問題なし」を判定する工程を考えます。たとえば、経費申請のうち規程に違反しているものを見つける工程です。AIの判定と、実際の正解を組み合わせると、結果は4通りに分かれます。

実際は「違反あり」実際は「違反なし」
AIが「違反あり」と判定正しく見つけた空振り 問題ない申請を止めてしまった
AIが「違反なし」と判定見逃し 違反を通してしまった正しく通した
表11-2 判定の結果の4通り

誤りには、見逃しと空振りの2種類があります。そして、業務によってどちらが重いかが違います。

  • 経費の規程違反のチェックでは、見逃しが重い。違反した支出がそのまま通ってしまう。空振りは、人が確かめて通せばよい
  • 問い合わせの緊急度の判定でも、見逃し(緊急なのに通常扱い)が重い
  • 迷惑メールの振り分けでは、空振り(大事なメールを迷惑メール扱い)が重いこともある

「正確さ95%」という一つの数字だけでは、どちらの誤りがどれだけあるかが分かりません。見逃しと空振りを分けて数え、重いほうに厳しい合格ラインを設けるのが、業務に合った評価です。

技術的な補足

技術者は、この4通りの表を「混同行列」と呼び、見逃しの少なさを「再現率」、空振りの少なさを「適合率」という指標で表します。業務担当者は、言葉を覚えるより、「この業務ではどちらの誤りが重いか」を伝えられることが大切です。

読み取りの工程なら、項目ごとに正確さを数えます。取引先名は99%正しくても、支払期日が85%なら、支払期日の読み取りに課題があると分かります。全項目をまとめた数字では、この違いが隠れます。

11-4例題集をつくる

評価には、正解の分かっている案件の集まりが必要です。これを例題集と呼びます。例題集の質が、評価の質を決めます。

例題集の作り方

  1. 過去の実際の案件から集める:作った例ではなく、実際に処理した案件を使う。業務の実態に近い評価ができる
  2. 件数の目安は50〜200件:少なすぎると偶然に左右され、多すぎると正解を付けるのが大変になる。まず50件で始め、増やしていく
  3. 種類のバランスをとる:典型的な案件だけでなく、境目の案件、例外、AIが「判断できない」と返すべき案件も入れる
  4. 正解を2人で付ける:2人の正解が食い違った案件は、基準そのものが曖昧なしるし。基準を見直す(第2・7章)
  5. 個人情報や取引先名は伏せる:必要に応じて置き換え、渡してよい情報の範囲(第7章)を守る
種類割合の目安例(経費の規程確認)
典型的な案件5割通常の交通費、上限内の会食
境目の案件2〜3割上限ちょうどの金額、取引先かどうか迷う参加者
違反・例外1〜2割上限超え、領収書の宛名なし、期限切れ
判断できないもの1割規程に記載のない種類の支出
表11-3 例題集の構成の目安
よくある失敗

例題集の案件を、AIの判断例(第7章)としても参照させてしまう。試験の問題と答えを先に見せているのと同じで、例題集では高い正確さが出ても、実際の新しい案件では下がります。評価用の例題と、AIに見せる判断例は分けて管理します。

11-5合格ラインを決める

測った結果を「使える」「使えない」と判断するには、測る前に合格ラインを決めておきます。測った後に決めると、結果に合わせて甘いラインを引きがちだからです。

合格ラインを決めるときの手がかりは3つあります。

  • 人のいまの水準と比べる:人が処理しても一定の誤りはあります。同じ例題集を人が処理したときの正確さを測れば、比べる基準になります。AIに人以上の完璧さを求めると、いつまでも導入できません
  • 誤りの影響と、後ろの確認で決める:後ろに人の全件確認があるなら、AIの合格ラインはある程度低くてもよい。確認を抜き取りにするなら、高くする必要がある
  • 重い誤りに厳しく:見逃しが重い業務なら、「見逃しは2%以下、空振りは15%以下」のように分けて決める
任せ方合格ラインの例(経費の規程確認)
レベル2で始める見逃し5%以下、空振り20%以下(人が全件確認するので、確認の負担が許容範囲かを見る)
レベル3に上げる見逃し1%以下、空振り10%以下、判断できないものを正しく人に回せた割合95%以上
表11-4 任せ方に応じた合格ラインの例(架空の数字)

11-6文章の出来を評価する

回答文の下書きや要約のように、正解が一つに決まらない出力は、「正しい・誤り」で数えられません。そこで、観点ごとの採点表を作って評価します。

観点2点1点0点
根拠の正しさ回答の内容がすべて参照資料と一致一部に資料にない内容がある資料と食い違う内容がある
必要な事項お客様が次にすべきことが分かる一部が欠けている質問に答えていない
約束の範囲会社が約束できないことを書いていない—返金・期日など、権限のない約束をしている
言葉づかいそのまま送れる少し直せば送れる書き直しが必要
表11-5 回答文の採点表の例

「約束の範囲」のように、1つでも0点があれば不合格とする観点を決めておくと、重大な誤りを平均点で見逃すことを防げます。採点は2人で行い、点数が食い違ったら観点の書き方を見直します。

技術的な補足

件数が多い場合、採点表に沿って別のAIに採点させる方法もあります。ただし、AIによる採点もぶれるため、一部を人が採点して、AIの採点と一致しているかを確かめながら使います。

11-7導入した後も測り続ける

導入時に合格したからといって、その水準が続くとは限りません。次のような理由で、AIの出来は少しずつ変わります。

  • 扱う案件の傾向が変わる(新商品、新しい取引先、制度の変更)
  • 知識が古くなる(第7章)
  • AIの提供会社がAIを更新する(第12章)

そこで、運用中は次の3つで見守ります。

方法頻度の例見るもの
確認の記録を集計する毎週人が修正・差し戻した割合(第4章 4-7の記録から)。急に増えたら原因を調べる
抜き取りで確かめる毎週〜毎月レベル3の工程で、人が確認していない案件の正しさ
例題集で測り直す四半期ごと、変更のたび導入時と同じ例題集で、正確さが下がっていないか
表11-6 運用中の見守り方

運用中に見つかった新しい種類の誤りは、例題集に加えます。例題集は、運用とともに育てていくものです。

11-8評価計画を1枚にまとめる

テンプレート:評価計画
評価の対象
どの工程の、AIの何を評価するか
業務の物差し
要件メモの成功の物差しと、導入前の数字
AIの物差し
正確さ(見逃し・空振りを分けて、または項目ごと)、採点表の観点
例題集
件数、種類の構成、正解の付け方、保管場所、判断例と分けて管理すること
合格ライン
任せ方のレベルごとに。測る前に決める
比べる基準
同じ例題集での人の正確さ
測り直すとき
指示・知識・AIの版を変えたとき、四半期ごと
運用中の見守り
修正率の集計、抜き取り、その担当と頻度
下回ったとき
任せ方のレベルを下げる、原因を調べる、の判断者

この章のまとめ

  • AIの出来は、決めた方法で、十分な数の案件で、数字として測る。評価は最初から設計する
  • 業務の物差しとAIの工程の物差しの両方で測る
  • 誤りには見逃しと空振りがあり、業務によってどちらが重いかが違う。分けて数え、項目ごとに見る
  • 例題集は過去の実案件から、典型・境目・例外・判断できないものを含め、正解を2人で付ける。判断例とは分けて管理する
  • 合格ラインは測る前に、人の水準・後ろの確認・誤りの重さから決める
  • 文章は観点ごとの採点表で評価し、1つでも0点なら不合格の観点を決める
  • 導入後も、修正率の集計・抜き取り・例題集での測り直しで見守る
やってみよう
  1. 選んだ業務でAIに任せる工程について、見逃しと空振りのどちらが重いかを、理由とともに書いてください
  2. 例題集に入れる「境目の案件」と「判断できないはずの案件」を、過去の案件から2件ずつ思い出してください