評価を設計する
AIを試しに使ってうまくいっても、それだけでは業務に使えるかは判断できません。この章では、AIの出来を、決めた方法で、十分な数の案件で、数字として測るための設計を学びます。
- 業務の物差しとAIの工程の物差し
- 見逃しと空振り、2種類の誤りの考え方
- 例題集の作り方と構成
- 合格ラインの決め方
- 文章の出来を採点表で評価する方法
- 導入後の見守り方
11-1「使ってみて良さそう」では判断できない
AIを試しに使ってみると、最初の数件は驚くほどうまくいくことがよくあります。そこで「良さそうだから本格的に使おう」と決めると、後になって、特定の種類の案件ではいつも誤る、月末の複雑な案件に弱い、といった問題が見つかります。
AIの出来を判断するには、あらかじめ決めた方法で、十分な数の案件で、数字として測る必要があります。これを評価と呼びます。評価が必要な場面は、導入を決めるときだけではありません。
- 導入を決めるとき:業務に使える水準に達しているか
- 任せ方の段階を上げるとき:レベル2からレベル3へ進めてよいか(第3章)
- 何かを変えたとき:指示、知識、AIの版を変えて、悪くなっていないか(第8・10章)
- 運用している間:少しずつ悪くなっていないか
この章では、評価を「後から考えること」ではなく、最初から設計しておくこととして扱います。
11-2何を測るか:2つの物差し
評価には、2つの物差しがあります。
| 業務の物差し | AIの工程の物差し | |
|---|---|---|
| 何を測るか | 業務全体が良くなったか | AIが担う工程の出来 |
| 例 | 1件あたりの処理時間、支払い遅延の件数、問い合わせの解決までの日数 | 読み取りの正確さ、分類の正しさ、根拠の正しさ、判断できないものを正しく返せたか |
| どこで決めたか | 要件の「成功の物差し」(第5章) | 要件の「正確さの水準」(第5章 5-4) |
| いつ測るか | 導入前と導入後 | 導入前の試験、変更のたび、運用中の定期点検 |
両方が必要です。AIの正確さが高くても、業務全体が良くならなければ導入の意味がありません(第1章のボトルネック)。逆に、業務全体の数字だけを見ていると、AIの誤りが人の確認で吸収されていて、確認の負担が増えていることを見落とします。
11-3正確さを測る:誤りには2種類ある
AIが「問題あり」「問題なし」を判定する工程を考えます。たとえば、経費申請のうち規程に違反しているものを見つける工程です。AIの判定と、実際の正解を組み合わせると、結果は4通りに分かれます。
| 実際は「違反あり」 | 実際は「違反なし」 | |
|---|---|---|
| AIが「違反あり」と判定 | 正しく見つけた | 空振り 問題ない申請を止めてしまった |
| AIが「違反なし」と判定 | 見逃し 違反を通してしまった | 正しく通した |
誤りには、見逃しと空振りの2種類があります。そして、業務によってどちらが重いかが違います。
- 経費の規程違反のチェックでは、見逃しが重い。違反した支出がそのまま通ってしまう。空振りは、人が確かめて通せばよい
- 問い合わせの緊急度の判定でも、見逃し(緊急なのに通常扱い)が重い
- 迷惑メールの振り分けでは、空振り(大事なメールを迷惑メール扱い)が重いこともある
「正確さ95%」という一つの数字だけでは、どちらの誤りがどれだけあるかが分かりません。見逃しと空振りを分けて数え、重いほうに厳しい合格ラインを設けるのが、業務に合った評価です。
技術者は、この4通りの表を「混同行列」と呼び、見逃しの少なさを「再現率」、空振りの少なさを「適合率」という指標で表します。業務担当者は、言葉を覚えるより、「この業務ではどちらの誤りが重いか」を伝えられることが大切です。
読み取りの工程なら、項目ごとに正確さを数えます。取引先名は99%正しくても、支払期日が85%なら、支払期日の読み取りに課題があると分かります。全項目をまとめた数字では、この違いが隠れます。
11-4例題集をつくる
評価には、正解の分かっている案件の集まりが必要です。これを例題集と呼びます。例題集の質が、評価の質を決めます。
例題集の作り方
- 過去の実際の案件から集める:作った例ではなく、実際に処理した案件を使う。業務の実態に近い評価ができる
- 件数の目安は50〜200件:少なすぎると偶然に左右され、多すぎると正解を付けるのが大変になる。まず50件で始め、増やしていく
- 種類のバランスをとる:典型的な案件だけでなく、境目の案件、例外、AIが「判断できない」と返すべき案件も入れる
- 正解を2人で付ける:2人の正解が食い違った案件は、基準そのものが曖昧なしるし。基準を見直す(第2・7章)
- 個人情報や取引先名は伏せる:必要に応じて置き換え、渡してよい情報の範囲(第7章)を守る
| 種類 | 割合の目安 | 例(経費の規程確認) |
|---|---|---|
| 典型的な案件 | 5割 | 通常の交通費、上限内の会食 |
| 境目の案件 | 2〜3割 | 上限ちょうどの金額、取引先かどうか迷う参加者 |
| 違反・例外 | 1〜2割 | 上限超え、領収書の宛名なし、期限切れ |
| 判断できないもの | 1割 | 規程に記載のない種類の支出 |
例題集の案件を、AIの判断例(第7章)としても参照させてしまう。試験の問題と答えを先に見せているのと同じで、例題集では高い正確さが出ても、実際の新しい案件では下がります。評価用の例題と、AIに見せる判断例は分けて管理します。
11-5合格ラインを決める
測った結果を「使える」「使えない」と判断するには、測る前に合格ラインを決めておきます。測った後に決めると、結果に合わせて甘いラインを引きがちだからです。
合格ラインを決めるときの手がかりは3つあります。
- 人のいまの水準と比べる:人が処理しても一定の誤りはあります。同じ例題集を人が処理したときの正確さを測れば、比べる基準になります。AIに人以上の完璧さを求めると、いつまでも導入できません
- 誤りの影響と、後ろの確認で決める:後ろに人の全件確認があるなら、AIの合格ラインはある程度低くてもよい。確認を抜き取りにするなら、高くする必要がある
- 重い誤りに厳しく:見逃しが重い業務なら、「見逃しは2%以下、空振りは15%以下」のように分けて決める
| 任せ方 | 合格ラインの例(経費の規程確認) |
|---|---|
| レベル2で始める | 見逃し5%以下、空振り20%以下(人が全件確認するので、確認の負担が許容範囲かを見る) |
| レベル3に上げる | 見逃し1%以下、空振り10%以下、判断できないものを正しく人に回せた割合95%以上 |
11-6文章の出来を評価する
回答文の下書きや要約のように、正解が一つに決まらない出力は、「正しい・誤り」で数えられません。そこで、観点ごとの採点表を作って評価します。
| 観点 | 2点 | 1点 | 0点 |
|---|---|---|---|
| 根拠の正しさ | 回答の内容がすべて参照資料と一致 | 一部に資料にない内容がある | 資料と食い違う内容がある |
| 必要な事項 | お客様が次にすべきことが分かる | 一部が欠けている | 質問に答えていない |
| 約束の範囲 | 会社が約束できないことを書いていない | — | 返金・期日など、権限のない約束をしている |
| 言葉づかい | そのまま送れる | 少し直せば送れる | 書き直しが必要 |
「約束の範囲」のように、1つでも0点があれば不合格とする観点を決めておくと、重大な誤りを平均点で見逃すことを防げます。採点は2人で行い、点数が食い違ったら観点の書き方を見直します。
件数が多い場合、採点表に沿って別のAIに採点させる方法もあります。ただし、AIによる採点もぶれるため、一部を人が採点して、AIの採点と一致しているかを確かめながら使います。
11-7導入した後も測り続ける
導入時に合格したからといって、その水準が続くとは限りません。次のような理由で、AIの出来は少しずつ変わります。
- 扱う案件の傾向が変わる(新商品、新しい取引先、制度の変更)
- 知識が古くなる(第7章)
- AIの提供会社がAIを更新する(第12章)
そこで、運用中は次の3つで見守ります。
| 方法 | 頻度の例 | 見るもの |
|---|---|---|
| 確認の記録を集計する | 毎週 | 人が修正・差し戻した割合(第4章 4-7の記録から)。急に増えたら原因を調べる |
| 抜き取りで確かめる | 毎週〜毎月 | レベル3の工程で、人が確認していない案件の正しさ |
| 例題集で測り直す | 四半期ごと、変更のたび | 導入時と同じ例題集で、正確さが下がっていないか |
運用中に見つかった新しい種類の誤りは、例題集に加えます。例題集は、運用とともに育てていくものです。
11-8評価計画を1枚にまとめる
- 評価の対象
- どの工程の、AIの何を評価するか
- 業務の物差し
- 要件メモの成功の物差しと、導入前の数字
- AIの物差し
- 正確さ(見逃し・空振りを分けて、または項目ごと)、採点表の観点
- 例題集
- 件数、種類の構成、正解の付け方、保管場所、判断例と分けて管理すること
- 合格ライン
- 任せ方のレベルごとに。測る前に決める
- 比べる基準
- 同じ例題集での人の正確さ
- 測り直すとき
- 指示・知識・AIの版を変えたとき、四半期ごと
- 運用中の見守り
- 修正率の集計、抜き取り、その担当と頻度
- 下回ったとき
- 任せ方のレベルを下げる、原因を調べる、の判断者
この章のまとめ
- AIの出来は、決めた方法で、十分な数の案件で、数字として測る。評価は最初から設計する
- 業務の物差しとAIの工程の物差しの両方で測る
- 誤りには見逃しと空振りがあり、業務によってどちらが重いかが違う。分けて数え、項目ごとに見る
- 例題集は過去の実案件から、典型・境目・例外・判断できないものを含め、正解を2人で付ける。判断例とは分けて管理する
- 合格ラインは測る前に、人の水準・後ろの確認・誤りの重さから決める
- 文章は観点ごとの採点表で評価し、1つでも0点なら不合格の観点を決める
- 導入後も、修正率の集計・抜き取り・例題集での測り直しで見守る
- 選んだ業務でAIに任せる工程について、見逃しと空振りのどちらが重いかを、理由とともに書いてください
- 例題集に入れる「境目の案件」と「判断できないはずの案件」を、過去の案件から2件ずつ思い出してください