コスト・速度・止まったとき
AIが正しく動いても、費用がかさむ、待たされる、止まったら誰も回せない、という仕組みは業務に定着しません。この章では、業務の中で使い続けるための条件(非機能)を、業務担当者が決めるべきこととして整理します。
- 人の時間を含めた費用の考え方
- 業務の場面ごとに必要な速さ
- いちばん多いときで考える量の要件
- 止まったときの代わりの手順と、人の技能の保ち方
- AIの版の変更への備え
12-1使えるかどうかは「非機能」で決まる
第5章で、仕組みが何をするか(機能要件)と、どのくらいの水準で動くか(非機能要件)を分けました。AIを使う仕組みでは、非機能要件の見落としが特に問題になりやすい傾向があります。
- 試行では快適だったのに、月末に件数が増えると結果が返ってくるまで何分も待たされる
- 件数が想定の3倍になり、AIの利用料が予算を大きく超えた
- AIサービスが半日止まり、その間の業務を誰も回せなかった
- 提供会社がAIを新しい版に切り替えたら、出力の形が変わって後ろの工程が止まった
どれも「AIが正しく動くか」ではなく「業務の中で使い続けられるか」の問題です。この章では、費用・速さ・量・止まったとき・版の変更の5つを、業務担当者が決めるべきこととして整理します。
12-2費用:1件あたりで考える
多くのAIサービスは、使った量に応じて料金がかかる従量課金です。量は、AIに渡した文章と、AIが出力した文章の長さで数えられることが一般的です。つまり、件数が増えるほど、また1件に渡す資料が長いほど費用が増えます。
費用は、まず1件あたりで見積もり、件数をかけて考えます。
| 費用の種類 | 中身 | 見落としやすさ |
|---|---|---|
| AIの利用料 | 1件あたりの利用料 × 件数。型Bで長い資料を毎回渡すと高くなる | 見積もりやすい |
| 仕組みの構築と保守 | 連携や画面を作る費用、不具合の修正 | 見積もりやすい |
| 人の確認の時間 | AIの結果を確かめる時間 × 件数 | 見落としやすい |
| 知識と指示の手入れ | 規程・判断例の更新、指示の見直し(第7・8章) | 見落としやすい |
| 評価と見守り | 例題集の作成、定期的な測り直し(第11章) | 見落としやすい |
効果と比べるときは、AIの利用料だけでなく、表の下3行の人の時間も含めて考えます。AIの利用料が安くても、確認に時間がかかりすぎれば、全体では割に合わないことがあります。
費用の要件は「年間〇〇円以内」だけでなく、「1件あたり〇円以内」でも書いておくと、件数が増えたときに予算を超えるかどうかを早めに判断できます。また、利用料が急に増えたときに気づけるよう、月ごとの利用料を誰が見るかも決めておきます。
12-3速さ:待てる時間は業務で違う
AIの処理には、数秒から数分かかることがあります。どのくらいの速さが必要かは、業務によって大きく違います。
| 業務の場面 | 待てる時間の例 | 設計の選択肢 |
|---|---|---|
| 電話中のお客様への回答案 | 数秒 | 短い資料に絞る、よく聞かれる質問は回答を用意しておく |
| メールの問い合わせへの回答案 | 数分 | 受信したら自動で作り始め、担当者が開くときには出来ているようにする |
| 請求書の読み取り | 数時間 | 届いたものを順に処理し、翌朝までに結果がそろっていればよい |
| 月次の分析・下調べ | 1日 | 夜間にまとめて処理する |
すぐに結果が要らない業務なら、人が使う前に済ませておく、夜間にまとめて処理するといった設計で、速さの問題をなくせます。逆に、その場で結果が必要な業務では、渡す資料を絞る、手順を減らすなど、速さのための工夫が要ります。どちらなのかを伝えるのは業務担当者の役割です。
12-4量:いちばん多いときで考える
量の要件は、平均ではなくいちばん多いときで考えます。経理の業務なら月末・月初、窓口なら月曜の朝や新商品の発売直後、といった山があります。
AIサービスには、一定時間に処理できる回数や量に上限が設けられていることがあります。山の時間帯に上限に達すると、処理が止まったり大きく遅れたりします。業務担当者は、次のことを伝えておきます。
- 山はいつ来るか(毎月の何日、毎週の何曜日の何時ごろ)
- 山のときの件数(1日あたり、1時間あたり)
- 山のときに遅れたら何が困るか(支払いの期限、お客様の待ち時間)
- 今後増える見込み(取引先の増加、新しい窓口の開設)
12-5止まったとき:代わりの手順を残す
AIを使う仕組みは、いくつかの理由で止まることがあります。
| 止まり方 | 例 |
|---|---|
| AIサービスの停止 | 提供会社の障害、通信の不具合 |
| 連携先の停止 | 会計システムの保守、APIの変更(第9章) |
| 出来の急な悪化 | 誤りが急に増え、使い続けるのが危険になる(第11章) |
| 意図的な停止 | 悪用の疑い、情報漏えいの疑いで止める(第10章) |
止まったときに業務を回すため、次の4つを決めておきます。
- 許容できる時間
- 何時間止まると業務に支障が出るか。時期による違い(通常は1日待てるが月末は2時間まで など)
- 代わりの手順
- AIを使わずに業務を回す手順。手順書の置き場所
- 切り替えの判断者
- 誰が「代わりの手順に切り替える」「AIに戻す」を決めるか
- 戻った後の処理
- 止まっていた間の案件をどう処理し直すか。二重処理をどう防ぐか
特に大切なのが代わりの手順です。AIに任せきりにしていると、手作業での処理方法を知る人がいなくなり、止まったときに誰も業務を回せなくなります。代わりの手順を文書に残し、年に1〜2回は実際に手作業で処理してみる、といった備えが必要です。
導入から2年がたち、請求書の読み取りをすべてAIに任せていた。AIサービスの障害が月末に重なり、新しく配属された担当者は手入力の手順を知らず、ベテランも画面の操作を忘れていた。支払いの一部が期日に間に合わなかった。
12-6AIの版が変わる
AIの提供会社は、AIを新しい版に更新したり、古い版の提供を終えたりします。新しい版は全体として性能が上がっていることが多いものの、自社の業務での出来が良くなるとは限りません。出力の言い回しや形が変わり、後ろの工程が受け取れなくなることもあります。
そのため、次のことを決めておきます。
- 使っている版を把握する:どの業務で、どのAIの、どの版を使っているかを一覧にしておく(第9章の連携一覧に加えるとよい)
- 切り替える前に例題集で測る:新しい版で同じ例題集を処理し、合格ラインを満たすかを確かめてから切り替える(第11章)
- 提供終了の予定を確かめる:古い版がいつまで使えるかを把握し、確かめ直しの時間を確保する
AIサービスによっては、版を固定して使える場合と、自動で新しい版に切り替わる場合があります。業務に組み込むときは、どちらの使い方になっているかをシステム部門に確かめてください。自動で切り替わる場合は、定期的な測り直し(第11章 11-7)が特に重要になります。
12-7非機能のチェックリスト
- 費用
- 1件あたりと年間の上限。人の確認・知識の手入れ・評価の時間を含めたか。利用料を見る担当
- 速さ
- 業務の場面ごとに待てる時間。事前処理やまとめ処理で済むか
- 量
- 山の時期と件数。遅れたら何が困るか。今後の増加の見込み
- 止まったとき
- 許容時間、代わりの手順と手順書、切り替えの判断者、戻った後の処理。手作業の訓練
- 版の変更
- 使っている版の一覧、切り替え前の測り直し、提供終了の予定
- 安全と保存
- 見てよい人・変えてよい人(第10章)、記録の保存期間(第6・10章)
この章のまとめ
- 使い続けられるかは非機能で決まる。費用・速さ・量・止まったとき・版の変更を決める
- 費用は1件あたりで見積もり、AIの利用料だけでなく人の確認・知識の手入れ・評価の時間も含める
- 速さは業務の場面で必要な水準が違う。事前処理やまとめ処理で解決できることもある
- 量はいちばん多いときで考え、山の時期と件数を伝える
- 止まったときの代わりの手順を残し、手作業で回せる人と技能を保つ
- AIの版の変更は、切り替える前に例題集で確かめる
- 選んだ業務の「山」はいつで、そのとき何件あるかを書いてください
- AIが半日止まったとき、その業務をどう回すかを3行で書いてください。書けなければ、それが最初に整えるべき備えです