現状を書き出す
第3部では、架空の会社「みなもと家電」のお客様窓口を舞台に、一つの業務を最初から最後まで設計します。この章では、「AIで自動回答したい」という依頼を出発点に、現場の声を聞き、業務を分解し、数字で確かめて、本当の課題を整理します。
- 依頼の言葉から、すぐに道具を探さない理由
- 範囲の決め方と、聞き取りから業務分解表への流れ
- 判断基準を言葉にして見つかった食い違い
- 件数ではなく影響の大きさで例外を扱う考え方
- AIで解決すること・しないこと・AIの前に整えることの分け方
14-1舞台:みなもと家電のお客様窓口
第3部では、架空の会社「みなもと家電株式会社」のお客様窓口を舞台に、第1・2部で学んだ型を順に当てはめ、一つの業務を最初から最後まで設計します。第14章では現状を書き出し、第15章で要件と任せ分けを決め、第16章でデータ・知識・AIの型を選び、第17章で確認・統制・評価・試行の計画を作ります。
| 項目 | 内容(すべて架空) |
|---|---|
| 会社 | みなもと家電株式会社。炊飯器・電気ケトル・掃除機などの小型家電を製造販売する中堅メーカー |
| 販売経路 | 家電量販店、自社のオンラインストア |
| お客様窓口 | リーダー1名、担当者8名。平日9時〜18時 |
| 問い合わせ | メール・Webフォームで月約4,500件、電話で月約3,000件 |
| 使っている仕組み | 問い合わせ管理システム(受信した問い合わせを1件ずつ管理)、販売管理システム(オンラインストアの購入履歴)、修理受付システム、回答集(表計算ファイル) |
| 関係部署 | 修理センター、品質保証部、経理部(返金の処理)、商品企画部 |
あなたは、このお客様窓口のリーダーから相談を受けた、業務改善の担当者だと考えて読み進めてください。
14-2きっかけ:窓口から上がっている声
相談のきっかけは、窓口リーダーのこんな言葉でした。「AIで問い合わせ対応を楽にできないでしょうか。他社ではAIが自動で回答しているそうです」。
ここで、すぐにAIの製品を探し始めるのは、第13章のパターン1「道具から始める」です。まずは、窓口で何が起きているかを聞きます。リーダーと担当者3名に話を聞いたところ、次のような声が集まりました。
- 「返信までに平均2〜3営業日かかっていて、お客様から催促が来る」(リーダー)
- 「回答集のどこに書いてあるか探すのに時間がかかる。回答集が3つあって、どれが新しいのか分からない」(担当者A)
- 「同じ質問でも、担当者によって答えが違うことがある。先月、古い保証条件で案内してしまった」(担当者B)
- 「新人が一人で対応できるようになるまで3か月かかる。その間、先輩が付きっきりになる」(担当者C)
- 「朝と夕方にまとめて担当を割り振っているので、その間は誰も手を付けていない問い合わせがある」(リーダー)
この段階ではまだ、どの声がいちばん大きな問題かは分かりません。声を手がかりに、業務を分解して確かめていきます。
14-3範囲を決める
第2章にならって、始まりと終わりを決めます。
| 項目 | 決めたこと | 理由 |
|---|---|---|
| 始まり | メールまたはWebフォームで問い合わせが届いた | 文字で届く問い合わせが件数の6割を占め、AIで扱いやすい |
| 終わり | 回答を送信し、対応内容が問い合わせ管理システムに記録された | 記録までを含めないと、対応の質を後から確かめられない |
| 範囲の外 | 電話の問い合わせ、修理センターでの修理作業、経理部での返金処理 | 電話は扱い方が大きく異なるため、次の段階で検討する。修理と返金は他部署の業務 |
修理センターや経理部の業務は範囲の外ですが、お客様窓口との受け渡し(修理の依頼、返金の依頼)は端に書いておきます。
14-4聞き取りから業務分解表へ
担当者に「昨日処理した1件を、最初から順に教えてください」と頼み、画面を見せてもらいながら聞き取りました(第2章 2-4)。3名分の聞き取りを突き合わせて、次の業務分解表を作りました。
| 工程 | 担当 | 入力 | 判断基準 | 出力 | 件数・時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. 問い合わせを登録する | 問い合わせ管理システム | メール、フォーム | なし | 問い合わせ(未割当) | 月4,500件/自動 |
| 2. 内容を読んで種類を分け、担当を割り振る | リーダー | 問い合わせ | 種類(使い方・配送注文・故障修理・返品返金・その他)、緊急度、担当者の得意分野 | 担当付きの問い合わせ | 1件1分/待ち平均4時間 |
| 3. お客様と購入の情報を調べる | 担当者 | 問い合わせ | オンラインストアの購入か、量販店での購入か | 購入日・型番・保証期間 | 3分 |
| 4. 回答の内容を調べる | 担当者 | 回答集、取扱説明書、保証規定 | どの資料のどこに答えがあるか。なければ他部署に問い合わせる | 回答の根拠 | 9分/2割は他部署の回答待ち平均1.5日 |
| 5. 回答を書く | 担当者 | 回答の根拠 | お客様の状況に合った案内か、言葉づかい | 回答文 | 5分 |
| 6. 上長が確認する | リーダー | 回答文 | 返金・無償修理・苦情などの例外に当たるか | 承認済み回答 | 対象は約15%/待ち半日 |
| 7. 回答を送る | 担当者 | 回答文 | なし | 送信済み回答 | すぐ |
| 8. 対応を記録する | 担当者 | やり取り | 対応内容の要約、種類の付け直し | 対応記録 | 2分 |
担当者の作業時間は、1件あたり 1(割り振り)+3+9+5+2=約20分です。一方、お客様が回答を受け取るまでの日数は平均2.5営業日で、作業時間よりも待ち時間が大きく影響していることが分かります。
14-5判断ポイントを言葉にする
業務分解表の判断基準の欄を見ると、担当者の頭の中にしかない基準がいくつか見つかりました。聞き取りの中で「場合による」「慣れれば分かる」と言われた箇所です(第2章 2-5)。
| 工程 | 聞き取りで出た言葉 | 言葉にした基準(案) |
|---|---|---|
| 2. 種類分け | 「読めば分かる」 | 種類ごとの定義と例を書いた「種類分けの基準表」を作る。複数に当てはまる場合は、お客様がいちばん求めていることで決める |
| 2. 緊急度 | 「危なそうなものは急ぐ」 | 「煙」「焦げ」「発火」「感電」「異臭」「けが」などを含む、または製品の安全に関わる可能性のあるものは安全案件として最優先。リーダーと品質保証部へすぐ連絡 |
| 3. 保証期間内か | 「購入日を見て判断」 | 保証規定の期間(本体1年など)と購入日から計算。購入日が分からない場合は保証書またはレシートの提示を依頼 |
| 6. 上長確認の対象 | 「お金が絡むものと、怒っているお客様」 | 返金、無償修理・交換、保証期間外の特別対応、苦情の申し出、報道や行政への言及がある問い合わせ |
言葉にする過程で、担当者によって基準が違っていたことも分かりました。たとえば、ある担当者は「保証期間を1か月過ぎたものは無償修理にしてよい」と考えていましたが、リーダーはそれを認めていませんでした。基準の食い違いが見つかったこと自体が、設計の最初の成果です(第2章 2-5)。
14-6例外を集める
| 例外の種類 | 頻度 | いまの処理 | 今後の扱い(案) |
|---|---|---|---|
| 安全に関わる問い合わせ(発煙・焦げなど) | 月20件前後 | 気づいた担当者がリーダーに口頭で伝える | 決まった分岐として扱い、受信直後に検知してリーダーと品質保証部へ。見逃しは許されない |
| 強い苦情・感情的な問い合わせ | 月40件 | リーダーが対応 | 決まった分岐としてリーダーへ |
| 法人からのまとめ買いの相談 | 月10件 | 営業部に転送 | 決まった分岐として営業部へ転送 |
| 個人情報の削除・開示の依頼 | 月3件 | 法務部に相談 | 決まった分岐として法務部へ。AIには扱わせない |
| 外国語の問い合わせ | 月5件 | 話せる担当者が個別対応 | まれなので人が個別に対応(流れは変えない) |
安全に関わる問い合わせは件数としては1%に満たないものの、見逃せば重大な事故につながりかねません。件数ではなく影響の大きさで、扱いを決めることが大切です。
14-7数字で現状を確かめる
問い合わせ管理システムの記録を3か月分集計し、声を数字で確かめました。
| 指標 | 現状(3か月平均) | 集計の方法 |
|---|---|---|
| 受信から回答送信までの日数 | 平均2.5営業日 | 問い合わせ管理システムの受信日時と送信日時 |
| 担当者の作業時間 | 1件あたり約20分 | 担当者3名が2週間、時間を記録 |
| 誤った案内 | 月約6件 | お客様からの指摘と、リーダーの点検で見つかったもの |
| 他部署への確認が必要な割合 | 約2割 | 対応記録の「他部署確認」の印 |
| 新人が一人で対応できるまで | 約3か月 | 過去2年の新人4名の実績 |
種類ごとの件数も集計しました。使い方の質問が35%、配送・注文が25%、故障・修理が20%、返品・返金が10%、その他(安全案件を含む)が10%でした。使い方と配送・注文の質問で6割を占め、そのほとんどは回答集や取扱説明書に答えがあるものでした。
ここで測った数字は、第15章で決める「成功の物差し」の導入前の数字になります。導入後に効果を説明するには、いまの数字が欠かせません(第5・11章)。
14-8課題を整理する
業務分解表と数字から、第2章 2-8の観点で問題を読み取りました。
| 問題 | 表のどこに現れたか | 影響 | AIで解決できそうか |
|---|---|---|---|
| 割り振りの待ち | 工程2の待ち平均4時間 | 回答日数の一部 | 分類はAIに向く(ただし割り振りの仕方の見直しだけでも改善できる) |
| 回答の調べもの | 工程4が9分で最も長い | 作業時間の半分近く | 答えが資料にある質問は、AIが資料を探して回答案を作れる |
| 資料の乱れ | 回答集が3つ、版が不明 | 誤った案内、調べる時間 | AIでは解決しない。資料を整えることが先 |
| 他部署の回答待ち | 工程4の2割で平均1.5日 | 回答日数を最も長くしている | AIでは解決しない。他部署との受け渡しの見直しが必要 |
| 属人化 | 判断基準が担当者の頭の中、新人の立ち上がり3か月 | 回答のばらつき、育成の負担 | 基準の言語化と回答案の提示で、新人の助けになる |
この表から、大事なことが2つ分かります。
- 回答日数をいちばん長くしているのは、他部署の回答待ちである。AIで調べものを速くしても、ここが変わらなければ回答日数は大きくは縮まない(第1章 1-2)
- 回答集の乱れは、AIを入れる前に整えなければならない。乱れたままAIに参照させると、誤った案内が速く大量に出るだけになる(第7・8章)
窓口リーダーが最初に口にした「AIが自動で回答」は、この段階ではまだ検討の対象にもなっていません。まず業務を見て、何が問題かを確かめたからこそ、AIで解決すること、AI以外で解決すること、AIの前に整えることを分けられたのです。
この章のまとめ
- 「AIで自動回答を」という依頼から始まっても、まず現場の声を聞き、業務を分解して確かめる
- 範囲は、文字で届く問い合わせの受信から記録までとし、電話は次の段階に回した
- 業務分解表から、作業時間は1件20分、回答日数は平均2.5営業日で、待ちが大きいことが分かった
- 判断基準を言葉にする過程で、担当者による基準の食い違いが見つかった
- 安全案件は件数が少なくても影響が大きいので、決まった分岐として扱う
- 他部署の回答待ちと回答集の乱れは、AIでは解決しない。前者は受け渡しの見直し、後者はAIの前に整える
- あなたが選んだ業務についても、表14-7のように「問題・どこに現れたか・影響・AIで解決できそうか」の4列で整理してみてください
- 「AIでは解決しない」問題が見つかったら、それをどう解決するかを1行で書いてください