要件と任せ分けを決める
第14章で整理した課題をもとに、何を実現するかを要件として言葉にし、工程ごとに人・システム・AIの任せ分けを決めます。意見が分かれた箇所で、どう判断したかにも注目してください。
- AIだけに頼らない成功の物差しの決め方
- 自動回答を「やらないこと」にした理由と伝え方
- 工程ごとの任せ分け表の完成形
- 実績のない工程と、見逃しが許されない工程の任せ方
- 非機能とAI特有の要件を含む要件メモ
15-1目的と成功の物差しを決める
第14章の課題の整理をもとに、窓口リーダーと一緒に目的を言葉にしました。
お客様が回答を待つ日数を縮め、担当者による回答のばらつきと誤った案内を減らす。あわせて、新人が早く一人で対応できるようにする。
次に、成功の物差しを数字で決めます(第5章 5-2)。第14章で測った現状の数字が、導入前の数字になります。
| 物差し | 現状 | 目標 | 測り方 |
|---|---|---|---|
| 受信から回答送信までの日数 | 平均2.5営業日 | 平均1.0営業日以内(使い方・配送注文は当日中が8割) | 問い合わせ管理システムの記録 |
| 担当者の作業時間 | 1件約20分 | 1件12分以内 | 試行チームが2週間記録 |
| 誤った案内 | 月約6件 | 月2件以下 | お客様の指摘とリーダーの点検 |
| 新人が一人で対応できるまで | 約3か月 | 6週間 | 次に配属される新人の実績 |
ここで大事なのは、目標の達成をAIだけに頼らないことです。第14章で分かったとおり、回答日数を最も長くしているのは他部署の回答待ちでした。そこで、AIの導入とは別に、次の2つの施策を同時に進めることにしました。
- 他部署との受け渡しの見直し:修理センターと品質保証部への確認は、問い合わせ管理システムの中で依頼し、翌営業日中に回答する取り決めを結ぶ
- 回答集の一本化:3つの回答集を1つの正本にまとめ、持ち主を決める(第16章で詳しく扱う)
AIは、これらの施策と組み合わさって初めて効果を発揮します。AIの導入計画ではなく、業務の改善計画の中にAIを位置づけることが、この章の出発点です。
15-2範囲と「やらないこと」
相談のきっかけは「AIで自動回答したい」でしたが、検討の結果、最初の段階では次のことをやらないと決めました(第5章 5-2)。
| やらないこと | 理由 | 次の段階での扱い |
|---|---|---|
| AIがお客様に直接回答を送ること | お客様に届くため誤りの影響が大きく、正確さの実績もまだない | 正確さの実績を見て、使い方の質問から段階的に検討 |
| 電話の問い合わせ | その場で答える必要があり、扱い方が大きく異なる | 文字の問い合わせの結果を見て検討 |
| 返金・無償修理の判断の自動化 | お金が動き、状況による判断が要る | 人が判断し続ける。AIは下調べまで |
| 外国語への対応 | 月5件と少ない | 人が個別に対応 |
| 修理受付システムの改修 | 他部署のシステムで、今回の目的に必須ではない | 連携が必要になった時点で相談 |
「自動回答はやらない」と決めたことを、窓口リーダーにはこう説明しました。「自動回答をあきらめたのではなく、自動回答に安全に進むための実績を、まず作るのです。回答案の正確さが数字で示せれば、使い方の質問から自動回答に進む根拠になります」。
15-3任せ分けを決める
第3章の手順で、業務分解表の工程ごとに担い手と任せ方を決めました。担い手は「なくせないか → システム → AI → 人」の順で考えています(第3章 3-1)。
| 工程 | 担い手 | 任せ方 | 理由 | 上げる条件 | 結果の責任 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. 登録 | システム | 自動 | 現状どおり | — | システム管理者 |
| 2a. 安全案件の検知 | システム+AI | 二重の検知 | 決めた言葉の照合(システム)と、言葉に表れない安全案件の検知(AI)の両方で拾う。検知したら必ず人へ | 上げない(常に人が判断) | リーダー |
| 2b. 種類分け・割り振り | AI | レベル2 | 件数が多く、基準表で明確にできる。誤っても担当者が受け取った時点で気づける | 正確さ95%以上が4週続いたらレベル3 | リーダー |
| 3. 購入情報の照会 | システム | 自動 | お客様のメールアドレスで購入履歴を引ける(オンラインストア購入のみ) | — | システム管理者 |
| 4・5. 調べて回答案を作る | AI | レベル1 | 答えの多くは資料にある。お客様に届くので担当者が根拠を確かめて直して送る | 使い方の質問で採点表の合格が3か月続いたら、自動回答を検討 | 回答した担当者 |
| 5'. 返金・修理の下調べ | AI | 下準備のみ | 購入日・保証・過去の対応を集めてまとめる。判断は人 | 上げない | リーダー |
| 6. 上長確認 | 人 | レベル0 | 返金・無償修理・苦情などはお金と信頼に関わる | 上げない | リーダー |
| 7. 送信 | 人 | レベル0 | 社外に届く操作は人が行う(第10章) | 工程4・5の条件と連動 | 回答した担当者 |
| 8. 記録 | AI | レベル2 | やり取りを決まった項目に要約。担当者が確かめて登録 | 修正率5%以下が4週続いたらレベル3 | 回答した担当者 |
15-4迷ったところと、その決め方
任せ分けを決める中で、意見が分かれたところが2つありました。設計の判断が問われるのは、こうした迷うところです。
迷い1:種類分けは、最初からレベル3でよいのでは?
担当者からは「種類分けなら間違えても困らないので、最初からAIに任せきりでよいのでは」という意見が出ました。4観点(第3章 3-2)で見ると、影響は小さく、量は多く、確かめやすいので、レベル3の候補です。
しかし、正確さの実績がまだないこと、そして種類分けの基準表も今回初めて作るものであることから、最初の4週間はレベル2(担当者が受け取ったときに確かめる)で始め、実績を見て上げることにしました。上げる条件を表に書いておくことで、いつまでもレベル2のままになることを防いでいます(第3章 3-4)。
迷い2:安全案件の検知を、AIだけに任せてよいか?
安全案件は、見逃しが絶対に許されない判断です(第11章 11-3)。AIは「本体が熱くなって、変なにおいがする」のように、決めた言葉を含まない表現も拾える一方、見逃す可能性はゼロではありません。逆に、決めた言葉の照合(「煙」「焦げ」などを含むかをシステムで調べる)は確実ですが、言い換えに弱い。
そこで、システムの照合とAIの検知の両方を使い、どちらかが反応したら人に回すことにしました。空振り(安全案件でないものを安全案件として回す)は増えますが、この業務では空振りよりも見逃しのほうがはるかに重いからです。
「AIかシステムか」の二択ではなく、性質の違う2つを組み合わせて弱点を補うのも、任せ分けの選択肢の一つです。特に、見逃しが許されない判断では有効な考え方です。
15-5非機能の要件
第12章のチェックリストに沿って、業務側から伝える水準を決めました。
| 観点 | 要件 |
|---|---|
| 量 | 通常は1日約200件。山は新商品の発売直後の2週間と年末で、1日最大400件、朝9時台に1時間80件 |
| 速さ | 種類分けは受信後5分以内。回答案は担当者が開くまでに出来ていればよい(受信後30分以内)。安全案件の検知と通知は受信後5分以内 |
| 止まったとき | 通常は半日止まっても従来の手順で回せる。新商品の発売直後は2時間を超えると対応が追いつかない。安全案件の検知が止まった場合は、すぐにリーダーが目視で確認する手順に切り替える |
| 費用 | AIの利用料は1件あたりの上限を決め、月ごとにリーダーが確認する。人の確認時間を含めた全体で効果を判断する |
| 保存 | AIの入力・出力・確認結果を、問い合わせの記録と同じ期間残す |
15-6AIに特有の要件
| 要件 | 決めたこと |
|---|---|
| 正確さの水準 | 種類分け:例題集で95%以上。安全案件の検知:例題集の安全案件で見逃し0件。回答案:採点表で合格8割以上、「約束の範囲」の0点は0件(第17章) |
| 根拠の提示 | 回答案には、根拠にした回答集の項目番号や取扱説明書のページを必ず添える |
| 判断できないとき | 資料に根拠がない場合は回答案を作らず、「資料に記載なし」として担当者に示す。推測で補わない |
| 渡してよい情報 | 問い合わせ本文・型番・購入日は渡す。氏名・住所・電話番号は渡さない(第16章) |
| 人の確認 | 回答案は担当者が全件確認して送る。安全案件・返金・苦情はリーダーが確認 |
| 記録 | AIの出力、根拠、担当者の修正の有無と内容を記録 |
| 変更時の確かめ直し | 指示・回答集の大幅な更新・AIの版を変えたら、例題集で測り直してから使う |
15-7要件メモを完成させる
ここまでの内容を、第5章のテンプレートで1枚にまとめました。この1枚が、第18章で扱うシステム部門への相談の出発点になります。
- 目的
- 回答を待つ日数を縮め、回答のばらつきと誤った案内を減らし、新人が早く独り立ちできるようにする
- 成功の物差し
- 回答日数 2.5→1.0営業日以内、作業時間 20→12分、誤った案内 月6→2件以下、新人の独り立ち 3か月→6週間(表15-1)
- 対象範囲
- メール・フォームの問い合わせ(月約4,500件)の受信から記録まで
- やらないこと
- 自動回答、電話、返金判断の自動化、外国語、修理受付システムの改修(表15-2)
- 利用者と場面
- 担当者8名とリーダー。平日9〜18時。山は新商品の発売直後と年末
- 機能要件(必須)
- 安全案件の二重検知と通知/種類分けと割り振り/根拠付きの回答案/記録の要約
- 機能要件(あるとよい)
- 返金・修理の下調べのまとめ/よくある質問の傾向の月次集計
- 非機能要件
- 表15-4のとおり
- AIに特有の要件
- 表15-5のとおり
- 同時に進める施策
- 他部署との受け渡しの見直し、回答集の一本化
- 制約・前提
- 問い合わせ管理システムは現行のまま使う。個人情報の扱いは社内規程に従う
- 添付
- 業務分解表(表14-3)、判断基準(表14-4)、例外一覧(表14-5)、任せ分け表(表15-3)
この章のまとめ
- 成功の物差しを数字で決め、第14章で測った現状を導入前の数字にした
- 回答待ちと資料の乱れはAIでは解決しないので、他部署との受け渡しの見直しと回答集の一本化を同時に進める
- 自動回答は最初の段階ではやらないと決め、「安全に進むための実績を作る」と位置づけた
- 任せ分けは工程ごとに決め、上げる条件と責任者も書いた
- 実績がない工程はレベル2から始める。見逃しが許されない安全案件は、システムとAIの二重の検知にした
- 非機能とAIに特有の要件まで含めて、要件メモを1枚にまとめた
- あなたが選んだ業務について、表15-1の形で成功の物差しを2つ書き、現状と目標の数字を入れてください
- 任せ分けで迷う工程を1つ選び、15-4のように「意見」「4観点での評価」「決めたこと」「理由」を書いてください