システム部門・ベンダーへの伝え方
業務担当者がどれだけ丁寧に設計しても、作る側に正しく伝わらなければ、思っていたのと違う仕組みが出来上がります。この章では、設計書を使って、システム部門やベンダーと食い違いなく仕組みを実現していく方法を学びます。
- 話が食い違う3つの原因
- 相談の段階に応じた設計書の渡し方
- 最初の相談の進め方と、聞くべきこと
- 業務の言葉と技術の言葉の対応表
- 提案・見積もり・実演の確かめ方
- 業務部門・システム部門・ベンダーの役割分担と受け入れの確認
18-1なぜ伝わらないのか
業務担当者がどれだけ丁寧に設計しても、それが作る側に正しく伝わらなければ、思っていたのと違う仕組みが出来上がります。業務部門とシステム部門・ベンダーの間で、話が食い違う原因はおおむね3つです。
| 原因 | 起きること | 例 |
|---|---|---|
| 言葉のずれ | 同じ言葉を違う意味で使っている、違う言葉で同じものを指している | 業務側の「承認」は上長の判断、システム側の「承認」は画面のボタン操作を指している |
| 前提が書かれていない | 業務側には当たり前すぎて伝えなかったことが、作る側には分からない | 「月末は件数が3倍になる」「量販店で買った人の記録はない」 |
| 「できます」の食い違い | 「AIでこれはできますか」「できます」のやり取りで、条件や水準が抜け落ちる | 「読み取りはできます」が、実は「きれいな画像なら9割程度」の意味だった |
この章では、第1〜17章で作ってきた設計書を使って、これらの食い違いを防ぎながら、システム部門やベンダーと一緒に仕組みを実現していく方法を学びます。
18-2相談の段階に応じて、渡すものを選ぶ
設計書をすべて一度に渡す必要はありません。相談の段階と相手に応じて、必要なものを選びます。
| 段階 | 目的 | 渡すもの |
|---|---|---|
| 1. 最初の相談 | やりたいことと困りごとを共有し、進め方の見通しを得る | 要件メモ(第5章)、業務分解表(第2章) |
| 2. 実現方法の検討 | 作り方の案と、おおよその費用・期間を出してもらう | 上記に加え、任せ分け表(第3章)、データの一覧と項目定義表(第6章)、連携一覧(第9章)、非機能の要件(第12章) |
| 3. 見積もり・提案 | 具体的な作り方・費用・期間・体制を比べる | 上記に加え、知識の棚卸し(第7章)、型の選択(第8章)、権限と記録(第10章)、評価計画と例題集の一部(第11章) |
| 4. 作る・確かめる | 作る側と一緒に細部を詰め、出来上がりを確かめる | すべて。特に例題集と、AIへの指示の案 |
どの段階でも、要件メモの「やらないこと」と「成功の物差し」は必ず含めます。作る側は、範囲と目標が分からないと、費用も期間も見積もれないからです。
18-3最初の相談の進め方
最初の相談では、次の順番で話すと、短い時間で相手に全体像が伝わります。
- 目的:何のための取り組みか(1〜2文)
- 困りごとと数字:いま何が起きていて、どのくらい困っているか(第14章のような現状の数字)
- 成功の物差し:何がどうなれば成功か
- 範囲とやらないこと:今回扱うこと、扱わないこと
- 考えている任せ分け:どの工程にAIを使い、どこを人が持つか(業務側の案として)
- 聞きたいこと:作る側の意見がほしい点
5の任せ分けは、「案」として示すのがコツです。業務側の考えを示すことで話が具体的になりますが、技術的にもっと良い方法があるかもしれません。作る側の意見を聞く余地を残しておきます。
- 実現の見通し
- この任せ分けは、いまの社内の仕組みで実現できそうか。難しい部分はどこか
- 既存の仕組み
- 社内ですでに使えるAIサービスや連携の仕組みはあるか。使ってよいAIサービスと、その設定はどうなっているか
- データ
- 必要なデータはどのシステムにあり、取り出せるか
- 規程・手続き
- 情報管理や開発の社内手続きで、守るべきものは何か
- 進め方
- 小さく試すなら、どんな形が考えられるか。業務側が準備すべきものは何か
18-4言葉の対応表を持っておく
この教材では、業務担当者に分かりやすい言葉を使ってきました。作る側は、同じものを別の言葉で呼ぶことがあります。対応を知っておくと、話がかみ合いやすくなります。
| この教材の言葉 | 作る側がよく使う言葉 | 章 |
|---|---|---|
| 業務分解表、業務フロー図 | 業務フロー、スイムレーン図、As-Is(現状)/To-Be(あるべき姿) | 第2章 |
| 任せ方のレベル | 自動化レベル、ヒューマン・イン・ザ・ループ | 第3・4章 |
| 人に回す | エスカレーション、例外処理 | 第4章 |
| 要件メモ | 要件定義書、RFP(提案依頼書)の一部 | 第5章 |
| 項目定義表、データの関係 | データ項目定義、データモデル、ER図 | 第6章 |
| 状態 | ステータス、状態遷移 | 第6章 |
| 正本 | マスタ、正のデータ、SoR(記録の正となるシステム) | 第6章 |
| 型A:手順の一部をAIが担う | ワークフロー型、AIの部品化 | 第8章 |
| 型B:社内資料を参照して答える | RAG(検索拡張生成) | 第8章 |
| 型C:AIが手順を考えて動く | AIエージェント | 第8章 |
| AIへの指示 | プロンプト、システムプロンプト | 第8章 |
| 例題集、合格ライン | 評価データセット、テストデータ、評価基準 | 第11章 |
| 止まったとき | 可用性、障害対応、BCP(事業継続計画) | 第12章 |
相手の言葉が分からないときは、遠慮せずに「それは、業務でいうと何に当たりますか」と聞いてください。分からないまま話を進めることが、最も大きな食い違いの原因になります。
18-5提案と見積もりを確かめる
システム部門やベンダーから提案や見積もりが出てきたら、要件メモと照らし合わせて確かめます。技術的な中身をすべて理解する必要はありません。業務側が確かめるべきことは、業務側の言葉で確かめられます。
- 要件との対応
- 要件メモの必須の要件それぞれが、提案のどこで満たされるかが示されているか
- 範囲
- 「やらないこと」が含まれていないか(費用が膨らむ原因になる)。逆に、必須の要件が抜けていないか
- 正確さ
- AIの正確さを、誰が、どの例題で、どう測るか。合格しなかったらどうするか
- 判断できないとき
- AIが判断できないとき、推測で埋めずに人に回す仕組みになっているか
- 権限と記録
- AIの権限は最小限か。送信・確定・削除に人の承認があるか。ログは残るか
- 変更
- 指示や知識を、業務側で変更できるか。変更したときに確かめ直す方法はあるか
- AIの版
- 使うAIの版が変わるとき、誰がどう対応するか
- 止まったとき
- 止まったことにどう気づき、業務側にどう知らせるか
- 運用の費用
- 作る費用だけでなく、AIの利用料、保守、改善の費用が年間でいくらか
- 自社に残るもの
- 指示・知識・例題集・ログを、自社で持ち続けられるか(ベンダーを変えても使えるか)
最後の「自社に残るもの」は見落とされがちですが重要です。AIへの指示、整えた知識、例題集は、業務のノウハウそのものです。ベンダーの仕組みの中にしか存在しない形にすると、ベンダーを変えたときにすべてを作り直すことになります。
18-6「できます」を確かめる
AIを使った仕組みの提案では、実演(デモ)を見せてもらう機会があります。実演はうまくいく案件で行われることが多いので、次のように確かめます。
| 確かめ方 | 理由 |
|---|---|
| 自社の例題で試してもらう | 実演用の案件ではなく、自社の実際の案件でどう動くかが知りたい |
| 境目の案件を入れる | 典型的な案件ではなく、迷う案件での動きに実力が出る |
| 判断できないはずの案件を入れる | 資料にない質問に、推測で答えずに「分からない」と返すかを見る |
| 根拠の示し方を見る | 担当者が確かめやすい形で根拠が示されるか |
| 同じ案件を何度か試す | 結果がどのくらいぶれるかを見る |
例題集(第11章)を早めに作っておくと、この確かめ方がそのまま使えます。複数の提案を比べるときも、同じ例題集で比べれば公平です。なお、例題集を社外に渡すときは、個人情報や取引先名を伏せ、渡してよい情報の範囲(第7章)を守ります。
18-7役割分担を決める
作る段階に入ったら、業務部門・システム部門・ベンダーの役割分担を決めます。曖昧なままだと、「それはそちらでやると思っていた」という作業の抜けが起きます。
| 作業 | 業務部門 | システム部門 | ベンダー |
|---|---|---|---|
| 要件・成功の物差しの決定 | 責任を持つ | 助言 | 助言 |
| 知識(規程・回答集)の整備 | 責任を持つ | — | 形式の助言 |
| 例題集の作成と正解付け | 責任を持つ | — | 助言 |
| AIへの指示の内容 | 内容に責任 | 助言 | 技術的な書き方 |
| 仕組みの設計と構築 | 確認 | 社内ルールとの整合 | 責任を持つ |
| 権限・ログ・情報管理 | 要件を示す | 責任を持つ | 実装 |
| 受け入れの確認 | 責任を持つ | 技術面の確認 | 支援 |
| 運用中の改善(知識・指示) | 責任を持つ | 支援 | 契約による |
表を見ると分かるように、知識、例題集、指示の内容は、業務部門が責任を持つものです。AIを使う仕組みでは、作る作業の多くが、業務の知識を整えて言葉にする作業になります。「システムはシステム部門に任せる」という分担では、AIの仕組みは完成しません。
18-8受け入れの確認
仕組みが出来上がったら、業務部門が受け入れの確認を行います。「動くこと」ではなく、「業務で使えること」を確かめる作業です。
| 確認 | 内容 |
|---|---|
| 例題集での評価 | 合格ラインを満たすか(第11章)。作る側が測った結果だけでなく、業務側も一部を確かめる |
| 業務の通しの確認 | 典型的な案件、例外、人に回す案件などを、受付から記録まで実際の流れで通してみる |
| 権限の確認 | AIが送信・確定できないこと、人だけが進められる状態が守られていることを、実際に操作して確かめる |
| 止まったときの訓練 | AIを止めた状態で、代わりの手順で業務を回せるか(第12章) |
| 記録の確認 | ログと確認の記録が、決めた項目どおりに残っているか |
受け入れの確認を終えたら、いよいよ小さく試す段階に入ります。それが最終章、第19章のテーマです。
この章のまとめ
- 話が食い違う原因は、言葉のずれ、書かれていない前提、条件の抜けた「できます」の3つ
- 相談の段階に応じて設計書を選んで渡す。要件メモの「やらないこと」と「成功の物差し」は常に含める
- 最初の相談は、目的・困りごと・物差し・範囲・任せ分けの案・聞きたいことの順で話す
- 言葉の対応表を持ち、分からない言葉は業務でいうと何かを聞く
- 提案は要件メモと照らし、正確さの測り方、判断できないとき、権限、運用費用、自社に残るものを確かめる
- 実演は自社の例題、境目の案件、判断できないはずの案件で確かめる
- 知識・例題集・指示の内容は業務部門が責任を持つ。受け入れは「業務で使えるか」を確かめる
- あなたが選んだ業務について、18-3の順番で、最初の相談で話す内容を箇条書きで書いてください
- 表18-5の役割分担のうち、あなたの職場で曖昧になりそうな作業に印を付けてください