小さく試して育てる
AIを使う仕組みは、出来上がった日が完成の日ではありません。この最終章では、仕組みを小さく試し、測り、原因を分類して直し、広げる流れと、それを続けるための運用の体制と年間の予定を学びます。
- 試行で限るものと、比べる相手の置き方
- 試行中に毎週見る数字
- 誤りの原因の分類と、週1回の振り返りの進め方
- 広げる方向と、引き返す判断
- 運用の体制と年間の予定
19-1作って終わりではない
AIを使う仕組みは、出来上がった日が完成の日ではありません。扱う案件の傾向は変わり、規程や商品は改定され、AIそのものも更新されます。何もしなければ、仕組みは少しずつ業務に合わなくなり、やがて使われなくなります(第13章 パターン7・12・14)。
この章では、出来上がった仕組みを小さく試し、測り、直し、広げる流れと、それを続けるための体制を学びます。
試す
業務・人・期間を限って始める
測る
決めた物差しで、導入前や比べる相手と比べる
直す
誤りの原因を分類して、根本を直す
広げる
任せ方を上げる、対象や人数を広げる
19-2小さく始める
最初から全社で一斉に始めると、問題が起きたときの影響が大きく、原因も特定しにくくなります。試行は、次の3つを限って始めます。
| 限るもの | 決め方 | みなもと家電の例(第17章) |
|---|---|---|
| 業務の範囲 | 件数がそれなりに多く、誤りの影響が小さいもの(第3章 図3-1で「AIに任せやすい」に入るもの)から | 回答案は「使い方」「配送・注文」だけ |
| 人 | 協力的で、気づいたことを言葉にできるメンバー。全員の半数程度 | 担当者4名とリーダー |
| 期間 | 効果と問題が見えるだけの長さ。業務の山を避けるか、あえて含めるかを決める | 6週間、新商品の発売時期を避ける |
可能であれば、試行に参加しないメンバーを比べる相手として残します。同じ時期に、同じ種類の案件を、これまでの手順で処理した結果と比べれば、効果がAIによるものか、時期の違いによるものかを見分けやすくなります。
19-3測る
測るものは、要件メモの成功の物差し(第5章)と、評価計画のAIの物差し(第11章)です。試行の間は、毎週同じ形で数字を並べて見ます。
| 区分 | 毎週見る数字の例 | どこから取るか |
|---|---|---|
| 業務の成果 | 回答までの日数、1件の作業時間、誤った案内の件数 | 業務システムの記録、作業時間の記録 |
| AIの出来 | 回答案をそのまま使った割合/一部修正/書き直し、分類の修正の割合 | 確認の記録(第4・16章の評価のための項目) |
| 人の負担 | 確認にかかった時間、担当者の負担感 | 作業時間の記録、短いアンケート |
| 安全と統制 | 見逃しの件数、人に回した件数と処理までの時間 | 事後の抜き取り、エスカレーションの記録 |
| 費用 | AIの利用料(1件あたり、合計) | 利用料の明細 |
数字だけでなく、利用者の声も集めます。「回答案は正しいが、敬語が硬すぎてお客様向けに直している」「根拠の表示が小さくて見づらい」といった声は、数字では分からない改善の手がかりです。
19-4直す:原因を分類する
誤りや不便が見つかったら、その場で直すだけでなく、原因がどこにあるかを分類して、根本を直します。原因ごとに直す場所が違うからです。
| 原因 | 例 | 直し方 | 章 |
|---|---|---|---|
| 知識・ルール | 回答集に載っていない質問だった。規程が曖昧だった | 回答集・判断例を追加する。基準を数字にする | 第7章 |
| データ | 型番の表記ゆれで別の商品と判断した | コードで管理する、入力を選択式にする | 第6章 |
| 指示 | 出力の形が毎回違う。言葉づかいが場面に合わない | 指示に形式や例を加える(変えたら例題集で確かめ直す) | 第8章 |
| 工程 | 確認の段階で見落とした。人に回すべきものが回っていない | 確認の観点、任せ方のレベル、エスカレーションの条件を見直す | 第3・4章 |
| AIそのもの | 上のどれを直しても、特定の種類の案件で誤り続ける | その種類はAIに任せない、型を変える、AIの変更を検討する | 第8・12章 |
「AIそのもの」を最後に置いているのには理由があります。誤りの原因を最初からAIの性能のせいにすると、知識やデータの問題が見過ごされ、AIを替えても同じ誤りが続きます。原因の多くは、AIの外にあります。
- 5分
- 毎週の数字を見る(表19-2)。先週から大きく変わったものに印を付ける
- 15分
- 修正の多かった案件や利用者の声から3〜5件を選び、原因を表19-3で分類する
- 5分
- 直すことと担当を決める(知識の追加は知識の持ち主、指示の変更は指示の管理者 など)
- 5分
- 先週決めた直しが済んだか、効果があったかを確かめる
19-5広げる、または引き返す
試行の終わりには、結果を見て次の一手を決めます。広げ方にはいくつかの方向があります。
| 広げ方 | 例 | 判断の材料 |
|---|---|---|
| 任せ方を上げる | 種類分けをレベル2からレベル3へ | 任せ分け表の「上げる条件」(第3章) |
| 対象を広げる | 回答案を「故障・修理」の問い合わせにも使う | 新しい対象での例題集の評価(第11章) |
| 人を広げる | 窓口の全員で使う | 試行メンバーと比べる相手の差、利用者の声 |
| 他の業務へ | 電話の問い合わせへ | 同じ設計の手順(第14〜17章)を改めて行う |
一度に複数の方向へ広げると、問題が起きたときに原因が分からなくなります。1回に1つの方向に広げ、また試して測ります。
そして、引き返すことも立派な判断です。物差しが改善しない、確認の負担が重すぎる、という結果なら、その工程はAIに任せない、レベルを下げる、という判断をします。引き返す条件を試行の前に決めておけば(第17章の中止の条件)、感情や投じた費用に引きずられずに判断できます。
19-6運用の体制を決める
試行が終わって本格的な運用に入ったら、仕組みを育て続ける体制を決めます。設計を担当した人が異動しても続くよう、個人ではなく役割で決めます。
| 役割 | 担うこと | みなもと家電の例 |
|---|---|---|
| 業務の持ち主 | 業務の結果に責任を持つ。任せ方の上げ下げ、広げる・引き返すの判断 | 窓口リーダー |
| 知識の持ち主 | 回答集・規程・判断例を最新に保つ(第7章) | 回答集は窓口リーダー、説明書は商品企画部 など |
| 指示の管理者 | AIへの指示の変更案を作り、例題集で確かめ、版を管理する(第8章) | 窓口の副リーダー |
| 評価の担当 | 毎週の数字、抜き取り、例題集での測り直し(第11章) | 窓口の担当者が交代で |
| 技術の窓口 | 仕組みの不具合、連携、AIの版の変更への対応(第9・12章) | 情報システム部の担当者 |
19-7育て続けるための年間の予定
日々の運用に追われると、定期的な点検は後回しになりがちです。年間の予定にあらかじめ組み込んでおきます。
| 頻度 | やること | 担当 | 章 |
|---|---|---|---|
| 毎週 | 数字の確認と振り返り(30分)、事後の抜き取り | 業務の持ち主、評価の担当 | 第11・19章 |
| 毎月 | AIの利用料の確認、人に回した案件の傾向の確認 | 業務の持ち主 | 第4・12章 |
| 四半期ごと | 例題集での測り直し、新しい種類の誤りを例題集に追加 | 評価の担当 | 第11章 |
| 半年ごと | 知識の点検(最新か、使われていないものはないか)、権限の見直し | 知識の持ち主、技術の窓口 | 第7・10章 |
| 年1〜2回 | 止まったときの訓練(代わりの手順で実際に処理する) | 業務の持ち主 | 第12章 |
| 年1回 | 設計書一式の見直し、事前の振り返り(次の1年で失敗するとしたら) | 業務の持ち主と関係者 | 第13章 |
| 変更のたび | 指示・知識の大きな更新・AIの版の変更の前に、例題集で確かめる | 指示の管理者 | 第8・12章 |
19-8おわりに
この教材で扱ってきたのは、業務を分け、任せ分け、確認を組み込み、要件を言葉にし、データと知識を整え、AIの型を選び、つなぎ、統制し、測り、伝え、育てるという流れでした。
振り返ると、どの章にもプログラムの書き方は出てきません。必要だったのは、業務をよく知っていることと、それを言葉と表にして他の人と共有できることでした。AIの性能は年々上がり、できることは広がっていきます。しかし、何のために、どの仕事を、どこまで任せ、どう確かめるかを決めるのは、これからも業務を知る人の役割です。AIの時代に設計がより大事になるというのは、そういう意味です。
まずは身近な業務を1つ選び、第2章の業務分解表を書き出すところから始めてみてください。資料集のテンプレートが、その手助けになるはずです。理解を確かめたい方は、総まとめテストにも挑戦してみてください。
この章のまとめ
- 仕組みは作って終わりではない。試す・測る・直す・広げるを繰り返して育てる
- 試行は業務・人・期間を限り、可能なら比べる相手を残す
- 業務の成果・AIの出来・人の負担・安全と統制・費用を毎週同じ形で見て、利用者の声も集める
- 誤りは知識・データ・指示・工程・AIそのものに分類して根本を直す。原因の多くはAIの外にある
- 広げるのは1回に1つの方向。引き返す条件も先に決めておく
- 運用の体制は個人ではなく役割で決め、定期的な点検を年間の予定に組み込む
- あなたが選んだ業務について、試行で限る「業務の範囲・人・期間」を書いてください
- 表19-5の役割を、あなたの職場ではどの役割の人が担うかを書いてください